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おに魂

なんというか、本当に終わってしまったんだな、いよいよこの日が来てしまったんだな、何かが心の中で燃えつきたっていう感じ。もちろん、The魂も楽しみではあるし聴くつもりではあるけど、鬼ちゃんときっくんの声が聴けなくなる、おに魂というブランドが消えたというのは、仕方のないことかもしれないけど、やっぱり残念に感じる。その一方で、また来週の月曜の20時に「おに魂」が始まってその次の日は鬼菊の名コンビがまた喋るんだろうな、という感じがまだ心の中に残っている。未だに実感がないというか、なんかもう衝撃的すぎて現実を受け止めてない気がする。さよならを振り向くな、追いかけてもしょうがない、と分かりつつも、思い出は今いる場所に置いて行こうとしても、やっぱりおに魂終了を簡単には受け入れられない。
だけど、おに魂としての最終回。今までの人生の中で一番「おに魂らしい」と感じだ瞬間でもあったな。玉川さんの声も初めて聞けたし。おに魂らしい最終回で本当に感激した。




大人気FMラジオ局のNACK5で毎週月曜から木曜の夜8時から11時まで3時間の生放送で放送していた「The nutty radio show おに魂」という番組。
パーソナリティーは順に
月…ハッピーだんばらさん、齊藤優里さん(乃木坂46)
火…バカボン鬼塚さん、かかしのきっくん
水…古坂大魔王さん、夏江紘実さん
木…藤井ペイジさん(飛石連休)、岡田サリオさん
バカボン鬼塚さんがご家庭の事情で、生活基盤を静岡に移すことになり、おに魂卒業、あわせてきっくんがディレクターに専念しパーソナリティーとしては卒業。そのため、残りのパーソナリティーとスタッフで同一曜日、同一時間帯で新番組に切り替えることになった。




思い返せば、私がおに魂を聞き始めたのは、今から4年近く前のことだった。高2の1学期の半ば、2013年の6月頃だっただろうか。今思うと、ハルジオンが咲く頃だったか。聞き始めるきっかけは高校の同級生からのすすめだった。(聞き始める決心のきっかけは理屈ではなくていつだってこの胸の衝動から始まったわけではない)
かねてより、身の回りにおに魂リスナーが複数人いて、よく会話の中でおに魂の話題が出てきたのだが、当時の私にはラジオなんて全く興味なく、よく話題にあがるほど面白い番組があるんだな、くらいにしか思わなかった(いや興味が無さすぎてそれすらも思ってなかったかもしれない)。幾度となく、おに魂をすすめられていたのだが、如何せんラジオに興味がなかった当時の私は聴こうとはしなかった。
しかしながら、おに魂との出会いの日は違った。その日もおに魂を友人からすすめられていたのだが、その日はいつも以上に強くすすめられた。何でも貴重な回とのことで。実は当時、木曜担当だった小林アナが乳ガンの療養のため、その間は他の曜日のパーソナリティーが交代で木曜を担当していた時期だった。そして私が初めてこの番組に出会ったその日、木曜に来るのは鬼ちゃん。鬼ちゃんとペイジさんという、今思うと相当貴重なコンビでの回だった。(当然ながら、当時の私にはそれがどんだけ貴重な回か分かるわけもなく、その友人がなんでそこまで熱心にすすめたのか理解できたのは大分後のことであった。)
さらにはその頃、西武鉄道6155FがNACK5とコラボして「西武鉄道創立100周年×NACK5開局25周年」の周年コラボしたラッピング電車の運行を始めた頃でもあった。恥ずかしながら、これで私はNACK5というラジオ局の存在を知り、大好きな西武鉄道の車体広告になったラジオ局のラジオを聴いてみるかと思い立ったのであった。そしてその日は確か中間テストの最終日か何かで開放感もあったこと、そして友人のいつも以上の強い勧めもあり、聴くに至ったのであった。それと同時に当時、ラジオに興味なく無知すぎた私、スマホでもラジオが、それも携帯の電波さえ入れればクリアに雑音も入らずに聴けることを初めて知った。ラジオってだいぶ身近なものなんだなと感じた時であった。
かくして、私はおに魂に出会った。確かに腹を抱えて笑った記憶がある。テレビだけでなく、ラジオもこんなに面白いんだなと実感した。しかしながらそれでも私は毎週聴こうとまでは思わなかったのであったが、後日、おに魂を聴いたことを別の友人に話した。そしたら火曜も面白いと言われ、鬼ちゃんきっくんの名コンビの曜日を聴いた。これまた面白かった。そして他の曜日も聞き始め、かくして私は二人の友人のお陰で立派なおに魂ベビーリスナーとなったのであった。

それ以来、おに魂を聴くのが日常となった。雨の日も風の日も雪の日も、いつも笑いの絶えない放送で楽しませてくれた。
今でも鮮明に覚えてる。高校生の頃、前日の放送を話題にみんなで話した日。初めて自分が投稿したメッセージが読まれて感激した日。初めておに魂シールが家に届いた日。初めて自分の投稿に「おに魂シールドォーン!」とされるのを聴いた日。今使ってるラジオネームを初めて呼んでくれた日。高3になり受験生となってからは勉強しながら聴くようになった毎日(ちょうど夜の8時からで一日の最後の踏ん張りで机に向かう気力がない時間帯だったけど、おに魂のお陰で机に向かうことができたと言っても過言ではない)。現役で受験に失敗し浪人が決まった時も、おに魂が慰めてくれた。
浪人時代は毎日、朝から晩まで勉強漬けの日々。おに魂を唯一の楽しみに毎日が生きていけた。毎日の、ささやかな唯一の息抜きが番組への投稿。自分のメールが読まれてみんなが笑ってるのを聴く時ほど嬉しいことはなかった。自分のメールでパーソナリティーの方々がいじってくれたり、ボケにおもいっきり突っ込んでくれたりしてくれるのも嬉しかった。辛い毎日の中での支えとしてもおに魂であった。(こう考えるとパーソナリティーをいじるメールを送るのがストレス発散という、なんともまあ自分でも気が引くほどの悪い人間性だこと苦笑)
そして、そんなおに魂のお陰と言って過言ではなく、模試の成績はひたすら上がったものの志望順位は下の大学になりつつも晴れて大学生になれた。今やってる早朝のバイトを始めてからは、早く寝るためにお風呂や身支度などに追われ、さらには知人とラインやライン電話をやってたりして、ゆっくりリアルタイムで聴くことが少なくなってしまった。しかしながらバイトを始めた頃と時を同じくして、radikoにタイムフリー機能なる便利すぎる機能が出来た。しかもこれの聴取制限時間がおに魂の放送と同じ3時間ときた。こんな便利な環境に囲まれて、おに魂を聴き続けて今日まで来た。

私の人生のそばにいつもおに魂があった。嬉しいことがあった日、辛いことや悲しいことがあった日、どんな日もおに魂を聴いたら元気が出た。何があっても、いつも楽しませてくれた。最終回で東日本大震災の被災者の方からの感謝のメールにもあったし、こんなやっぱりそれが、おに魂の良さであり、おに魂の力なんだなと思う。それだけ、おに魂には助けられたしお世話になったんだなと改めて感じる。
それまで「田舎に泊まろう」なんて見てもなんとも思わなかったのに、鬼ちゃんがナレーションをしている番組やCMをたまたまテレビで見たりすると「あっ、鬼ちゃんの声だ!」と感激するようになるほどだった。そんな鬼ちゃん繋がりで「Hits the town!」を聴き始めた。それもきっかけの一つだったであろうか、これ以外にもNACK5の番組を聞き始めた。一方でゆったん繋がりで、乃木坂というものを知った。これまで東京メトロ千代田線の赤坂と表参道の間にある駅としか認識していなかった頃の私を思い出すと、自分で自分が嫌になる。
なんか、おに魂が自分の知らなかった世界へ連れてきて貰えた気がする。なんと言っても一番大きな変化が、私をラジオ大好き人間にさせてくれたことだろう。先述の通り、それまで私はラジオなんて全く興味ない人間だった。もしあの時、おに魂を聞き始めなければ、今、ラジオを聴くことは殆どない生活を送ってたであろう(今でも昔でもラジオと言ってもNACK5限定だが)。私をラジオの虜にさせ、NACK5という最高のラジオ局に出会わせてくれたのは紛れもなく、おに魂であろう。おに魂との出逢いが人生すらも変えてくれたと言っても過言ではないだろう。

そんな番組が終わってしまうというのだから、やっぱりなにか心に大きな穴が空くんだろうな。14年の歴史のうち、たった4年かそこらしか聴いていない、一人のリスナーである私が偉そうに言うことではないが。だけど一方で、4年も聴いていたのかと考えると自分でも驚く。途中でよく飽きなかったな、他の局に浮気しなかったなと。勝手な予想だけど、やはりそこにはおに魂の、NACK5の素晴らしすぎる魅力があって、いつまでも聴き続けるようにさせるんだろうか。
私が聞き始めた時ですら丁度番組開始10周年の時であり、14年も続いたんだから、かなり人気番組だったんだろうな。考えてみれば、番組が始まったのが2003年、その当時、私はまだ小学校に入学した年だった。なのに今では大学生になったのだから(それでも1浪してるのでストレートに行くより1年遅いのに)、いかに長い期間続いたのかよく分かる。もし「鬼ちゃんのご家庭の事情」がなければ今後もずっと続いていたんだろうな。思えばこの前の9月で鬼ちゃんが月曜を降板し火曜だけになったのも、ヒッツザタウンが3時間になってしまったのも、そのような事情によるものだったんだろうか、その時からおに魂終了への歩みは始まっていたんだろうな。まあ、それも予想にすぎず、家庭の事情という名の局の方針って可能性も完全に否定することもできないけど(理由がどうあれ今は現実を受け止めないと…)。たとえどんな人気番組でもいつかは終わりが来るんだから…。
それでも、おに魂の埼玉県民への日本国民への浸透は半端なかったのではないかと思う(元からNACK5はFM局にも関わらず可聴エリアが広く関東のほぼ全域で聴くことができ、実際、おに魂ではラジオネームだけだが、ファンキーフライデーみたいに「(どこどこ)の~さん」と、お便りにを読まれたリスナーの都道府県とかまでいう番組を聴いてると、埼玉県以外の多さに驚く。このことはおに魂でも同じで、超放課後クイズやその全身のピッチピチクイズなどでも関東地方以外の所からの出場者も多かったのであえて日本国民とした)。
現に私も、高校時代に身の回りにおに魂リスナーが沢山いて、おに魂リスナーになったように、とにかく人気番組っていう印象は前からあった。通っていた予備校が池袋にあり、土地柄、友達の多くが埼玉在住であった。そういったこともあり、おに魂の知名度の高さには驚いた。埼玉県民なのにJ-WAVEリスナー(その人は志木在住だったのだが、部屋の位置的に系列局のFM群馬の方がなぜか電波が入りやすく、FM群馬で聴いていたらしい)という裏切り者だったのだが(言い方悪い←)、そんな人ですら「何聴いてるの?」と聴かれて「おに魂とか」って答えたら普通に「知ってる」って返答が返ってきたっけ。ともかく、おに魂は知らない方がおかしいんではないかと思い始めてた。今通ってる大学で、世間一般で言う、いわゆる教養科目で社会科のような科目を取ってた。その先生はただ淡々と授業を進めてる上、テストも持ち込み可な上に簡単なので大抵は授業を聴かずにレポートなり自習してる人が大半なのだが、たまに雑談を入れてくることがあるような感じ。ある時は同じ大学の、批判ばかりするような授業を批判することもあったが、まさか衝撃的なことにある時、おに魂の話題をぶっこんできた。なぜおに魂の話題になったのかは、授業を聞いていなかったので分からなかったが(苦笑)、まさか大学教授までもが聴いていたとは…。(恐らく授業の流れ的にマスメディアというワードがあったので、そこから発展したのだと思うが)まさか「あの、NACK5ってラジオ局あるじゃないですか~」って話を聞いた瞬間、「えっ」となったが、まさか「その中でおに魂っていう番組が…」って話になり、「おに魂シールドーンっていう番組」って、まさかその先生の口から「おに魂シールドーン」と言うとは…。その先生を見る目が180°変わった(笑)。

ともかく身のまわりに、おに魂リスナーさんが沢山いた。やはりこれはおに魂が人気番組であったことの証なんだなと。思えば、最初におに魂をすすめてきた二人もおに魂リスナーなんだよな。
なんと言うか、個人的におに魂は、NACK5版オールナイト日本だと思う(オールナイトじゃないけど)。やはりNACK 5の中でも知名度もあり歴史もあり人気も番組だったからというのが理由(そんなことを言ったらファンフラとかどうなるんだって話になってしまいますがね)。つまり、そんな番組が終わるというのは一大事っていうのは容易に理解できる。
現実を受け止められない自分がいるけど、いつも人生のそばにあった、おに魂が無くなったといつかは受け止めなきゃいけないと分かってるが。さよならは通過点だと分かってはいるが。
ともかく、今は14年間お疲れ様としか言いようがない。ラジオの、NACK5の魅力を教えてくれて本当にありがとうございました。お疲れ様でした、そしてこれからも新番組the魂も楽しみにします。
そして鬼ちゃんも本当にお疲れ様でした。静岡でやることになったThe魂の裏番組も、聴くかもしれませんね。もちろん聴くとしてもタイムフリーでですがね。
と、おに魂の思い出を振り返って綴ってみました。
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秋田遠征

8月上旬、サークルの合宿で秋田に行ってきました。

行きは東京都北部•埼玉県南部では緑色の路線バスでお馴染みの国際興業グループの、秋北バスという秋田のバス会社が運行してる池袋~秋田間の夜行高速バス、ジュピター号で。
池袋まで国際興業バスの路線バスだけで向かったので、国際興業グループだけで秋田に行くという挑戦をしました(笑)。

池袋駅は東口に到着。私事ですが、浪人時代に通っていた予備校が池袋にあり、当時は辛かった1年間でも今では思い入れのある地となりました。雨の日も風の日も通った道、赤本を買いに行った本屋さん、夢と希望に溢れながら願書を出しに行った郵便局、合格発表後に放心状態のまま歩いて激突した歩道橋、センター翌日に雪合戦をした公園…、思い出の場所が色々ある池袋の街並みですが、時間も時間なので駅の中を突っ切って西口へ。
西口へ向かって池袋到着後は発車時間まで余裕があったので、国際興業バス池袋駅西口案内所に併設されてる国際興業の高速バス待合所で時間をつぶしてました。

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いかにも飲食店街のように、飲食店が軒並み入居してる建物の中にあったので、途中、本当にここであってるか?と不安になりましたが、何とか辿り着けました。
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志木に住んでる知人に1枚目の構図の写真をラインで送ったら大爆笑していた自販機。

発車時間が近づいたら乗り場へ。

それにしても3列独立シート車って快適でした。途中の大宮ではまさかの自分の乗った2号車には誰一人も乗ってこず、真後ろだけでなく通路を挟んだ横2席までも空席で、非常にラッキーでした。大宮出発後には室内灯も消され、完全に就寝モードへ。
意外と眠れた翌日の朝、カーテンの外はすっかり明るくなってました。起床後、前日の夜から別の大学に通う知人と引き続きラインしてましたが、意外と秋田でも電波が入ることに一安心(秋田を見下しすぎてましたね…)。

どうせ乗るなら運賃もそんなに変わらないから終点まで行ってみようと思い、能代営業所まで行くことにしていました。案の定、町の外れまで行く人は僕以外におらず、能代バスステーションで全員が降りて乗客は自分一人だけ…。
そして、終点の能代営業所に到着。国際興業グループなので、国際興業の塗装、なんなら旧塗装までいるわけで…。10時間ほどバスに揺られて来たのに、降りると目の前には地元で見覚えのあるカラーのバスがウジャウジャ…しかもなんか懐かしい車両まで…。

丁度、朝の9時くらいなのもあってか、ラッシュを終えてか入庫してくる車両が何台も来ました。
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キュービック!
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キュービック!
すっかり都内では見なくなった車両がバンバン来るので、懐かしい気持ちになります。
が、振り返ってみると…
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錆ヤバすぎ…
そりゃ、車齢的にも仕方ないことですが、まさかここまでとは…

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ここまでお世話になった高速バスは長旅を終えて洗車していました。
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つい昨日の夜は新型エルガまで来るようなロータリーにいたのに10時間後にはキュービックと共に洗車。

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国際興業旧塗装に新塗装に秋北バス塗装と豪華に並んでました。それにしても、キュービックになるとやっぱり錆がヤバい…
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奥の方にはリエッセも。国際興業カラーとなんかのラッピングが1台ずつ。まさしく、ちょっと昔の国際興業バス練馬営業所(笑)。(土支田循環が新設された頃はキュービックが健在で、光が丘IMAの車体広告になったのが1台いましたっけ)
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当たり前のように7mミオも…。
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遠目で見ると完全に国際興業バスの車庫(笑)。

さてさて、能代バスステーションで降りれば近かった能代駅まで、今まで来た道を戻ります。直線距離
その道中では、家の近所で見られるような塗装のバスが、しかもちょっと昔にいたバスが来るので、タイムスリップしたようなと言うかなんというか、やはり不思議な感覚になります。
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キュービックに…
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ジャーニーK…
考えてみれば国際興業からの移籍車も大量にいるので、ひょっとしたら家の近所を走っていたバス、さらには小さい頃に乗ったバスに再会していたとかあるかもしれず、そう考えると感慨深いものです。
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さて、そんな国際興業バスが沢山走る道中にこんなバス停を発見。だけど、ここは埼玉県の志木ではないんですよね(笑)。

そして能代駅に到着。当初は駅周辺を散策しようかとも思っていたのですが、暑さの中で歩いたのでバテてしまい、乗る予定の東能代行きの時間まで数時間、待合室でのびてました(苦笑)。
スマホを見てたり、待合室にあるテレビを見たりしていました。ちなみにテレビは2台あり、日テレ系列と思われる秋田の放送局とNHKの2局が映ってました。なので秋田まで来てヒルナンデスを見てたのですが、その日の放送は江ノ島周辺の散策のロケが放映されていて、秋田で江ノ電を見てました(笑)。さらに驚いたことに、その日のゲストが秋田県出身の乃木坂46の生駒里奈という偶然。
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そして発車時間が近づいてホームへ。本当にホームにバスケットゴールがありましたよ。
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東能代まで五能線に揺られます。
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そして奥羽本線で鷹ノ巣へ。秋田内陸縦貫鉄道に乗ります。

ちなみに、翌日に秋北バスに乗りました。
現地では全て自由行動で、同じ学年の人達と行動することになりました。宿が米内沢という駅にあり、阿仁前田という駅まで秋田内陸縦貫鉄道で1本で行きます。しかし、秋田内陸縦貫鉄道と完全に平行する区間を有する、時間的にもちょうどよい上に運賃も殆ど変わらない1日4本の路線バスがあるので、列車の出発時刻10分くらい前に米内沢駅を発車するバス組みと、10ほど遅れて発車する列車組みに別れて乗り、阿仁前田駅で落ち合うことになりました。自分と同様バス好きの友達+早めに駅に着いて列車を撮影したいバスに興味ない友達の3人で秋北バスに乗車してみました。

キュービックとか来ないかなと思いましたが、やって来たのは秋北バス塗装のエルガ。正直期待しすぎたので面白みはなかったですが(そもそもやっぱり秋田を見下しすぎ)、一応、東京でもまだ乗れるものの10年も経てば懐かしくなるであるはずな上、そもそも初の秋北バスであったので別にそこまでは気にしませんでした。
そして走り始めたらこれまた凄い路線!一面に田んぼの広がる見晴らしのいい道を、信号はもちろん横断歩道すらろくになく対向車すら少ない中でかっ飛ばし、かと思ったらいつの間にか狭隘路に入り、さらに気付いたらちょっとした崖の上まで走っていたりと、かなり富んでもいたしぶっ飛んでもいた車窓でかなり楽しめました(笑)。
あと驚いたことに、初めて知ったのですが、国際興業グループである秋北バスは車内放送の声の人まで国際興業バスと同じ人なんですね。
地元で聞き覚えのある声を聞くのが凄く新鮮な状態でした(笑)。

さてさて、ことあとは阿仁前田に到着して列車組と合流し観光してから、全体の集合場所である阿仁合駅まで向かうことになります。普通に列車で1本で行くこともできますが、途中に阿仁合駅を経由する1日1本の路線バスが、これまたちょうどいい時間にあるではないですか!
同じく運賃も大差ありません。今度は同学年の合宿参加者6人全員がバスで向かうことに(笑)。
まだ1日4本の路線に比べてこちらは
1本の路線。なので、バス停で待ってる間は今度こそなにかしらの車両が来るのではと期待してました。
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んでやってきたのは普通に小型車。これまたちょっと期待外れで残念…。バスが見えると「まさかのノンステかよ」(←完全に地方を見下してました、すいません)って話しながら、バスに乗ろうとします。
しかし、バスが到着すると我々にとって想定外の事態が起きます…

そこそこ人乗ってる…

そうなんです、完全に僕も友達も関東近郊の感覚で免許維持程度の路線だと思い込んでいました。
こんな言い方をしては失礼ですが、ここは秋田。マイカーが無ければまともな生活すら出来ないって地域もあるはずですので、そんな地域の交通弱者の方にとってみれば、1日1本の路線でも、このバスが無ければ生活できないような貴重な存在なのでしょうね。空席の方が多いものの、小型車にいきなり6人も乗ればそこそこ混雑した状態に。
明らかに普段と利用状況の違うので、 周りの乗客の目線に耐えながら「もし次回のダイヤ改正で増便されたら自分達のせいじゃないか?」なんて思いつつ、またしてもバス旅を楽しみました。

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最終日は贅沢に角館から新幹線を使うことにしました。反対のホームには701系。

練馬こぶしハーフマラソンでの路線バス運休について。(余談)

初開催となった、練馬こぶしハーフマラソン。地元民の自分でも練馬区内でここまでの大掛かりな交通規制は人生初だったと思います。
さて、そんな大規模で初開催のためか、交通規制には万全の準備を期していたように思いました。練馬区内を歩くと至る所に大会ポスターを見かけ、バス車内では頻繁に迂回運休の放送を入れたり、電車内にまでポスターを掲出したり、さらには交通規制の住民説明会を開いたりと…。
コースも、随分練られたものという印象を受けました。偶然かそれとも意図的によーく練られたのか、路線バスへの影響を最小限にするコース設定のように思いました。規制時間を日曜朝に設定するのは勿論のこと、駅に出来るだけ通行止め箇所でもバスを通したりと。
コースで囲まれた地域が陸の孤島とならないように、立体交差のアンダーパスのトンネル内にもコースを作ったり、所々ではコースを横断する横断歩道で歩行者を渡らせるということもありました。(本当は歩道橋それも自転車が渡れるようなエレベーター•スロープが付いてるようなやつのある所や、交差する道路の方が立体交差にしとくべきなんでしょうけど、路線バスの影響も考慮しなければいけませんし、手が回らなそうですから、やむを得ませんね)。どんなに告知しといても、当日にとんでもない急用が出来れば、道路を急いで渡れなかったら大変ですし。

告知はラジオの交通情報でもありました。僕は専らラジオはナックファイブ派で、29日の朝も3番目くらいにお気に入りの番組である鉄道番組を聴いていましたが、その番組の直後の「NACK5 TRAFFIC」(NACK5の交通情報の名称)でも、練馬こぶしハーフマラソンで交通規制が行われるといった旨が放送されていました。(可聴エリアは関東一円で、埼玉はもとより時には神奈川あたりの交通情報も流すので、影響の大きい23区内の情報を流すのは当然と言えば当然ですが)
前述の通り、ラジオは一番気に入ってるNACK5しか聴かないので他の局はどうかわかりませんが同じようなこと言っている可能性が高いですね。NACK5 TRAFFICの冒頭でもよく「JATIC九段センターの~さんお願いします」「日本道路交通情報センターの~がお伝えします…」「警視庁交通管制センターの~」と言っていて、どこの局も同じような中継元は同じで、人が変わっても大差はないと思うので。(Wikipediaかどっかで、「~の…さんお願いします」「~の…がお伝えします」みたいな言い回しの違いで派遣されたラジオ局の人が担当するか、日本道路交通情報センターの人が担当するか、所属を判断できるようなこと書いてあったので、同じ人が色んな局を掛け持ちする場合もあるようですが…)

まあ、そんなに告知していても、やはり渋滞は起きていたようですね…。(特に幹線道路)
目白通りなんかは、関越•外環道と都内を結ぶ重要な役割の道で、知らない車が多いのも無理はないですね…。(首都高10号練馬線が)
その後も、撮影の合間で聴けるところで、交通情報の時間帯にスマホのアプリでNACK5を聴いたところ、規制開始前は「ところで本日、練馬こぶしハーフマラソンが開催されます…この後7時から交通規制が…コース周辺道路では混雑が予想されますので…」みたいな渋滞予測の言い回しが、規制開始後は「目白通りは練馬こぶしハーフマラソンが行われてる影響もあって…で~の渋滞、~通りが…、これからも目白通り•川越街道•環八通りなど、コースとなる練馬区の都立光が丘公園周辺道路では交通規制が…」みたいに、具体的にアチコチ渋滞が言われて、その流れで交通規制のお知らせや渋滞予測を言う感じになってました。

まあ、何より驚いたのはナックファイブさんは渋滞の原因をマラソンだけに特定しないでくれたことでした。

と言うか、一番嬉しかったのはNACK5リスナーかつ、練馬区民としてNACK5で取り上げられたことなんですけど(笑)。

2014年最初の更新

新年明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします!

昨年と言えばやっぱり5社相互直通運転が一番の出来事でしたね。堤と五島が手を結ぶという、2013年は西武鉄道の歴史に残る年となったわけですが、ともかく1年あっという間でした。
先ほど、過去の写真を振り返ってみたら、ドコモの応援学割HMや6152Fのライオンズとベイスターズのラッピングがあったことなど、すっかり忘れていたことも多くありました…(苦笑)。まあ、それだけ今年も色々あったということですかね?今ではすっかり見慣れた6000系の元町・中華街ゆき、6155FのNACK5ラッピング、Shibuya Hikarie号が走り始めたのも今年だったんですよね。毎年思いますが、色々あった1年でした。相直に始まりホームドアから戸袋窓…など。長いようで短かった2013年でありました。
さて、今年は何がありますかね?とりあえず3000系の行く先が一番気になります。
そして自分は受験生になるという現実があるわけでして…。そんなわけで今年は更新頻度も大幅に下がると思いますが、引き続き今年も当ブログをよろしくお願いいたします!

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昨年、西武に現れた電車と消えた電車。去年1年限定の並びでした…。それにしても相直開始からほどなくして3000系が4編成、しかも検査期限的に全然余裕だと思っていたトップナンバーも消えたのは本当に驚いたし、残念です…。

おしらせ

期末テストが近づいています…。
そのため、テストが終わる来週の水曜日(11日)までの間、更新頻度が大幅に下がるor更新しないので、予めご了承ください。コメントの返信もやむを得ず遅れる場合がありますので、ご了承ください。
なお、この前の日曜も国際興業バスまつりや、38115Fの甲種など、あちこち行ったり、今日も秩父夜祭臨などを撮影したのですが、それらに関する記事もテストが終った水曜日(11日)以降にまとめて更新したいと思いますので、しばらくお待ちください。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
車内放送から
プロフィール

各停 練馬←→豊島園

Author:各停 練馬←→豊島園
当ブログへようこそ!西武鉄道が大好きな練馬区民のブログです。西武ばかり扱うのでご了承ください。下手な写真にも目を背けないでください…。
相互リンク募集中です。希望の方はお気軽にコメントでお知らせください。

なお、受験のため、更新頻度が著しく低下しています。しばらくこの状態が続くかと思いますが、ご了承ください。
コメントの返信なども遅れる可能性があります。
ご迷惑をおかけし、申し訳ございません。

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祝 5社直通運転開始!
本日も西武鉄道をご利用下さいましてありがとうございます。 この電車は 渋谷・横浜方面、東京メトロ副都心線(F)・東急東横線(TY)・みなとみらい線(MM)直通、快速急行 元町・中華街(MM06) ゆきです。小竹向原から先、副都心線内急行、渋谷から先、東横線・みなとみらい線内特急です。小竹向原までの西武線内の止まる駅は ひばりヶ丘・石神井公園・練馬・新桜台・小竹向原です。小竹向原から先の停車駅は 池袋(地下鉄)・新宿三丁目・渋谷・中目黒・自由が丘・武蔵小杉・菊名・横浜・みなとみらいです。                Raoid Exp. Motomachi-chukagai(MM06)                         次は ひばりヶ丘(ss-13) です。              Next Hibarigaoka(SS―13)                 ひばりヶ丘を出ますと石神井公園に止まります。保谷大泉学園へはお乗り換え下さい。札幌市営地下鉄東西線ひばりが丘駅・阪急宝塚線雲雀丘花屋敷駅はご利用になれません(笑)
西武線内でも東急線内の停車駅を入れたなど現実より丁寧にして、僕が思う理想的な案内の案を作ってみました。最後の方は遊んでいます…。西武・メトロ・東急の各種別を組み合わせた全てのパターンを用意すればできないことないと思うのですが・・・ (12/22 up)
Finetoday
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アンケートを開始しました。当ブログをご覧の皆様が楽しんで頂けるよう、また個人的な疑問から今後も定期的に西武鉄道に関するアンケートを行っていきたいと思います。ご遠慮なく投票して下さい。記念すべき第1回目は一番好きな車両です。
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当ブログでは「列車フラッシュ撮影自粛同盟」に賛同しています。管理人は、安全運行の妨げになる列車に向かってのフラッシュ撮影を許可なく行わないことを誓います。また、撮影時は鉄道関係者・乗客・同業者の方々の迷惑になったり、安全・定時運行の妨げにならないよう、マナー遵守を心がけています。 ~みんなでやめよう!みんなで広めよう!列車に向かってフラッシュ撮影!~ 鉄道コム 鉄道コムに参加しています。
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